親子だもん
母の具合が良くないなと感じたのは、父の病状が悪化して入院した頃でした。交番のお巡りさんから、「迎えにきてあげて下さい。」と連絡がきて急いで駆けつけた時、それは確信に変わりました。
母は数点の食品をかごに入れてレジを通し、また数点選んでレジを通し、最後はレジを通さずにお店の外に出てしまったようでした。
何度も同じ事を繰り返す母を不思議に思った店員さんが母の最後の行動を見届けた後、交番に連絡されたのだそうです。
私の顔を見るなり母はホッとした顔をして、「来てくれた。ごめんね。何が何だか。」
母は何も覚えていませんでした。
私は母に大丈夫よと声を掛けて、そして。
皆さんにご迷惑をお掛けした申し訳なさや、気丈な母が何故という思いやこれからの不安が一気に溢れて、私はハンカチで顔を覆って泣きました。
年配のお巡りさんが、「失礼ですがお母様は痴呆症ですか?私にも同じ様な母がいます。大変ですけど気を楽に。」そうお声を掛けて下さって我に返り、今私が泣いてる場合じゃないと。
良い日悪い日を交互に繰り返しながら、母は気力を振り絞り何とか今を生きています。
母がこんな風になって私は初めて、母の好物がメロンパンだと知りました。
時々、出勤前に食料品や日用品を買って届ける私を母は心待ちにしている様です。
たった10分程の滞在時間でバタバタと出勤していく私を見送る母はとても寂しそうで心が痛くなります。
「ちゃんと食べてね。あと小まめに水分補給ね。」
「はい。すいぶん。」
「補給ね。」
「はい。ほきゅう。」
「水分補給。」
「はい。すいぶんほきゅう。」
「 じゃね。また来るから。」
ここで良いよ、送って来なくて良いからって言うのに、母はエレベーターの前までノコノコついてきて、「お店にお客様来てくれてるの?どうしてそんなに疲れた顔してるの?顔色が悪いよ。青いね〜。お休みの日に行ってあげようか?背中を揉んであげたいわ。揉んであげようか?」
今朝早く母がやって来ました。
「ちょっとここに横になってごらん。約束したからね、背中を揉んであげる。」
「あれ?覚えてたの?」
「覚えてるわよ。親子だもん。」
ごめんね、良い娘じゃなかった。