6月 2015

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母の具合が良くないなと感じたのは、父の病状が悪化して入院させて間もなくの去年の春先の事でした。私の元に交番のお巡りさんから迎えにきてあげて下さいというお電話が入り、急いで駆けつけお話をお聞きした時でした。

 

母は数点の食品をかごに入れてレジを通し、また数点選んではレジを通しを数回繰り返し、最後はレジを通さずにお店の外に出てしまったようでした。何度も同じ事を繰り返すお婆さんを不思議に思った店員が、母の最後の行動を見届け交番に連絡されたのだそうです。私の顔を見るなり母はホッとした顔をして、「 来てくれた。ごめんね。何が何だか。」母は何1つ覚えていませんでした。

 

私は母に、「 大丈夫よ。」って声を掛けて、そして・・・。

 

皆さんにご迷惑をお掛けした申し訳なさや、あの気丈な母がという寂しい思いや、これから起こるであろう大事に対する不安といったものが一気に込み上げてきて、ハンカチで顔を覆って泣きました。その様子を見ていた年配のお巡りさんが、「 私にも同じ様な母がいます。大変ですけど気を楽に。」そう優しくお声を掛けて下さって、そうだ、私が泣いてる場合じゃないと。

 

あの頃から良い日悪い日を交互に繰り返しながら、母は気力を振り絞り何とか1人で今を生き、私の頭の片隅にはいなかった筈の両親がいつもいて、そんな事で家族を実感するようになりました。恥ずかしいお話ですが、母がこんな風になって私は初めて母が鰻とレバーが苦手で、焼き立てのメロンパンが大好物だと知りました。

 

そんな私なのに母は週に2.3度出勤前に日用品を買って届ける私を楽しみに待ち構えていて、会わなかった数日間の出来事をまるで子供のように話して聞かせるのです。

 

「 来てくれてありがとう。」って母が。私は、「 3日前にも来たけどね。」って。「 そう?こうして来てくれるのが1番嬉しい。」私は気の無い返事をしながら買い込んだ食材を、母に1つひとつ確認させては冷蔵庫に入れ、急ぎ足で各部屋をチェックして、ヘルパーさんからのメッセージに目を通しサインをして、「 じゃ、忙しいから行くね。大丈夫かな?」って。

 

たった10分程の滞在時間。玄関で靴を履きながら、初めて母の顔を見たりして・・・。

 

あ、ヘルパーさんが何か書いてたけど。
うん、読んだよ。サインもしておいた。
あらそう?もう読んだの?早いね。
今日中に食べなきゃいけないもの解ってる?
えっと、お刺身。
そう、お刺身。あと小まめに水分補給ね。
はい。すいぶん。
補給。
はい。ほきゅう。
水分補給。
すいぶんほきゅう。
「 じゃね。また来るから。」ってバタバタと。

 

「 ここで良いよ、送って来なくて良いから。」って言うのに、母はエレベーターの前までノコノコついてきて、「 お店にお客様来てくれてるの?」って。笑

 

どうしてそんなに疲れた顔してるの?
顔色が悪いよ。青いね〜。
お休みの日に行ってあげようか?
背中押してあげたいわ。押してあげようか?
私はもうすっかり次の事を考えていて、「 じゃ。」って。

 

今朝、やっと眠り始めた頃に母がやって来た。入ってくるなり、「 ちょっとここに横になってごらん。」私が朦朧としながら床に横になると、「 約束したからね、押してあげるって。」

 

あれ?背中押してあげるって言ったの覚えてたの?
覚えてるわよ。親子だもん。
へ〜、覚えてたの?
親子だもん。

 

熱を出した私を背負って母が病院に連れて行ってくれた、遠い昔のあの夜を思い出した。ごめんね、メロンパンが好きだって知らなくて・・・

 

本当にごめんね。

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蒸し暑い毎日が続いています。
お店近くに工事中のビルがあって、そちらで働いている方々が先日までは皆さん作業着だったのに最近は薄手のTシャツになり、遂に首にタオルを巻き始めました。

 

梅雨が明けたら本格的な夏ですね。

 

夕方、江東区の自宅前からタクシーに乗り、10分弱の道のりで銀座の店舗前まで。お仕事が終わると、お店前からタクシーに乗り自宅前まで。何年もそれを繰り返しているとそれが普通になって、何の問題もないと思っていた私でした。ところが最近たまに日中に外出すると、辛くもないのに両眼から涙がポロポロ。段差も何もない道で躓いたり、青信号になった途端に歩き始めたのに、点滅に変わっても渡りきれなかったり。

 

最悪です。笑

 

「 ママ、運動した方がいいですよ。」って皆んなから。少しは日差しに当たらないとって。私だって、運動する時間があったらしてますよ〜。( 嘘 )

 

そんなこんなの私が唯一四季の移り変わりを感じるのは、2カ月に1度行われるマスターのライブです。マスターのライブはお弁当付きでやっていて、いつも三越にお願いしています。三越からお店にカタログが送られてきて、私はソファーに腰掛けページをペラペラめくりながら、各仕出し屋さんの四季折々のお弁当を見て、移りゆく季節を感じるという訳です。楽して何とかです。

 

仕出し屋さん、いつもありがとう〜。笑

 

という事で次回マスター企画のライブは、7月25日の土曜日に決定。その頃、季節は初夏ですね。きっと涼夏 と名のつくお弁当が、ページを埋め尽くしているはずです。今までのマスター企画のライブはお客様にお弁当を召し上がって頂きながら、マスターとゲストのステージをご覧頂くというものでしたが次回は少し形を変えるようです。

 

なんと・・・次回はお客様参加型ライブ。

 

前半はマスターとピア二スト広瀬俊之さんのライブ。後半は広瀬俊之さんのピアノ伴奏で、お客様にお歌で参加して頂くというものです。楽器持ち込みでの演奏でも、楽器持ち込みの演奏とお歌披露でもアカペラでもオッケーです。当日はカラオケは使用しません。譜面はお店に数冊ご準備はございますが、お持ちの方はご持参下さると助かります。

 

今回伴奏をお願いした広瀬俊之さんのピアノを初めて聴いた時、私はこれこそプロ!だと感じました。どうしてそう感じたかは当日お聞きになれば、皆様にもすぐに解って頂けると思います。苦しいほど歌に心を注ぐマスターと、明るく楽しく大らかな広瀬俊之さん。対照的で個性溢れるお2人のライブを、ごゆっくり楽しみになって頂きたいと思います。

 

尚、当日はお弁当の手配と伴奏時間、お席に限りがございます為、完全ご予約制とさせて頂きます。そしてカラオケで熱唱は珍しくありませんが、ピアノの生演奏で大勢の前で歌うってドラマティックで刺激的。生演奏で歌ってみたい、私もライブをやってみたいと思われる方は是非この機会にご予約下さいませ。

 

6:30オープンです。
ご連絡を楽しみにお待ちしています。

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暑くなったり寒くなったり、気温差が激しく溜まった疲れも出やすいこの時期は体調を崩しがちです。皆様、お変わりございませんか。今週も曇りがちのスッキリしないお天気が続くようです。どうぞ風邪などお引きになりませんように。

 

という私。先週初めに一瞬寒気がしたと思ったら深夜に激しい咳き込みが始まって、それ以降ずっと咳と喉のの痛みに悩まされています。

 

美声が台無しです。笑

 

風邪って一度掛かってしまったら、幾らお薬を飲んでも充分な睡眠をとってももう遅いんですね。抜け切るまではどうやってもダメみたいです。そういう事で土日は、ずっとちぇるを抱いて静かに過ごしました。

 

体調に関わらず、あなたのストレス解消法は?と尋ねられたら迷わず、自宅で黙っている事と即答する私。歳を重ねると段々親の性格に似てくるものですが、私の父もそういう人でした。

 

自宅に父の友人が遊びに来た時、「 お父さんは若い頃は随分の遊び人だったんだよ。」って聞かされて、驚いた事があります。その遊び?とは結婚と同時にスッカリ縁を切ったそうで、「 つまらない男に成り下がった。」と友人は笑って言っていました。

 

私の記憶の中の父は出掛けると他人と話さなきゃいけないから、出たくないという究極の出不精でした。自宅にばかりいてニコリともせず、黙ってジッとしているつまらない男でした。父が家にいるとこちらまで静かにしなければいけないので、家族は随分窮屈な思いをしたものです。父が何かの会合で出掛けるとわかると、「 そなの?行ってらっしゃぁ〜い。」

 

イェ〜イ。

 

帰ってきた途端にシ〜ン・・・。笑

 

食べ物や食べ方にも細かく煩さい人で、ゴチャゴチャ沢山の具材が入っているお料理は品がないと言って嫌い、雑な切り方を見つけると不機嫌になりました。忙しい母が大変そうで、どうしてこんな難しい人を選んだのかと不思議で仕方ありませんでした。後に母から選ぶも選ばないも親が決めた結婚だったと聞き、とっても納得した記憶があります。

 

それにしても父の俺様ぶりは凄かった。

 

最近急にそんな窮屈な父に似てきた気がして、私はガッカリしてしまいます。お味噌汁のお豆腐の形が不揃いだと、この人っていい加減な人だろうって直ぐにそんなこと思ってしまいます。

 

親子してやなヤツ〜。笑

 

そういえば父は超が付く程お仕事人間でした。自分には向いていないとか、自分で始めたくせして他に何もなかったからやってるだけだとか、文句ばかり言っていましたが、引退してかなり経ったある日・・・。父が私の傍に来て、「 必死で働いている夢ばかり見るんだよ。」「 また働きたいと何度も思う。楽しかったなぁ、あの頃は。」って寂しそうに話したのを覚えています。きっと父は愚痴っぽい性格だっただけで、自分のお仕事に生き甲斐と誇りを持っていたのだと思います。

 

ヤバいなぁ、ホント私は嫌いだった父に似てる。私も早く元気になって、ばりばり働きたくてウズウズしてる。っていうか、でしたでしたって生きています。

 

まだ父は。爆

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お休みの日にテレビをつけたら、並木通りのクラブが舞台のサスペンスドラマをやっていました。内容は良く有りがちな、ドラマ仕立ての連続殺人事件でした。でも馴染みの通りやビルや店舗が映るしホステスさんっぽい女優さんが出ていて、夢中になって最後まで観てしまいました。そういえば以前観たドラマも、銀座のクラブが舞台でした。

 

銀座のクラブってドラマ向きなのね。笑

 

必ずあるのが、「 あなた!私のお客様を取ったでしょ、よくも!」ってホステスの取っ組み合いの喧嘩のシーン。髪の毛鷲掴みで振り回したりしています。とっても怖いです。私もこの世界が随分長くなりましたけど、リアルでそんなシーンを見た事は1度もありません。あったら見てみたいものです。少なくとも私の知り合いホステスは皆さんプライドが高く、辛いほど黙って耐える方ばかり。取っ組み合いがあったとしたら犯罪ですし、取るとか取らないとか・・・元々自分のものでもありませんしね。あれは面白可笑しくドラマ化してあるだけで、あれが銀座クラブの日常だなんて思ってらっしゃる方はいないと思いますが・・・まさか思ってる?

 

そんな有り得ない内容のドラマを観た数日後に、銀座クラブママが訴えられたニュースを耳にしました。ご存知の方も多いと思いますが、『 不倫か枕営業か?』というあれです。私はそのニュースを知った時、不倫か枕かの判決は別として時代もここまできたかと驚きました。プライドって言葉は、今はもう死語なのかもしれません。それにしてもママを訴えた奥様は、あの裁判で一体何がしたかったのでしょうか。

 

ママが憎かった?夫を取り戻したい?
自分が惨めだから?どちらにしても同性として私は、それならそれで別に手段があったはずだと。周りに誰一人、諭す人がいなかったのかしら?と、お辛い上にもう1度お辛い思いをされた奥様がお気の毒でなりませんでした。日本はどこに向かっているのでしょうか。

 

私がこの世界に入った時、大ママが新人の私に何度も教え込んだのは、「 ホステスという立場を弁えるように。」という事でした。その上で、「 ホステスは家にいる主婦じゃダメなのよ。」「 ご家庭のある方ならどんな奥様か知る事よ。」それが顧客確保の基礎の基礎で、お客様と長くお付き合いする為の最善の方法だと。私はご家庭に無いものを提供しているのだと、それを聞かされる度に思ったものでした。勿論、限界はあります。でもそれが私のお仕事なら、その為に出来る努力をしなければ・・・その気持ちは今でも変わりません。

 

私は誰かと戦う為に、このお仕事をしていません。自分自身以外にはどなたとも。もしお客様が来て下さらなくなったとしたら、それは誰のせいでもなく原因は努力を怠った自分自身にあるのだと思っています。それが私のプライドです。

 

それはそうと、このいつ更新するかもわからないブログを、楽しみに待って下さる方がいて下さいます。ママのブログをいつも読んでいますと、言って頂けるようになりました。その中には、お会いした事のない女性も沢山。知らない世界が垣間見れて、とても面白いと言って下さいます。読んで下さって、本当にありがとうございます。

 

そこで女性にひと言。
夫にクラブママと浮気されたくないなら、小銭だけ持たせるといいですよ。それでもされたら、そんな夫を選んだ自分は素晴らしいんだってね〜。。

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いよいよ梅雨に突入致しました。
ジメジメした毎日が続いています。
気分だけでも爽快に過ごせないものかと、電化製品をアルコール除菌してみたり、顔や髪を酵素で念入りに洗ってみたり、炭酸にレモンを浮かべて飲んでみたり。シュワ〜っとするといいかなって。

 

単純ですね。笑

 

皆様は、この憂鬱な時期をどのようにお過ごしでしょうか。

 

先月お店に、現役の大学生の女の子が入店しました。やっとお酒の飲める年齢になった彼女は当然ですが、見ず知らずの方とのお酒の席も水割り作りも何もかもが初体験です。地方から上京した彼女は夜の銀座に来た事はなかったでしょうし、クラブのママを見たのはきっと私が初めて。彼女と同じ20代ですが、自分の母親が銀座のママの娘とは違って、戸惑いや緊張は大変なものだと思います。待って待ってやっと出会った女の子です。大切にしようと思っています。

 

そんな彼女を見ていると、私は自分がこの世界に入った頃を思い出します。そう若くもなく、ここで生きて行こうと覚悟を決めた私でも、初めは不安と戸惑いばかりでした。入店した日は余りの緊張で、お客様がお待ちのお席まで歩く間に何度も躓き転がりそうになりました。やっとお席に着いた途端に、鼻血がドバッと出そうになりました。笑

 

当時はまだ銀座の夜のしきたりが根強く残っていて、中には笑ってしまうような常識もありました。でもその事に気付かない程、無我夢中の毎日でした。厳しいけれど優しいママや怖いけれど優しいお姐さん達に恵まれ、お客様方にも受け入れられて順調にスタートした筈の私でしたが、お店が終わりアフターも終わり自宅に辿り着く頃には、真直ぐ立てないくらいクタクタでした。何が悲しかったのか、バスタオルを抱えて泣く日々が長い間続きました。

 

あの頃のウブな私は何処に。笑

 

お店に年配のホステスさんがいました。彼女を指名のお客様は見た事がありませんでした。それなのに毎晩お店に出勤して来て、お席についても誰とも話さずグルグル渡り歩いては、お客様のボトルをひたすら飲みまくるっていう・・・。この人、何をしてるんだろ〜って不思議に思っていました。後にそういうお仕事があると知り、とても驚きました。ある日、具合が悪そうなので心配になって、「 大丈夫ですか?」って声を掛けたら、「 大丈夫じゃないわよ。だけど私は飲まなきゃお金が貰えないから。ここはお酒を売ってるんだから。」って。日に日に顔色が悪くなり、結局そのお姐さんは暫くしてお店を辞めてしまいました。肝臓が悪くなって入院したのだそうです。私は納得できなくて、悲しかった事を覚えています。

 

確か私がお店に入店して2日目の夜でした。ある企業の団体様のお席につく事になった私は、やっぱり転びそうになりながらフラフラ歩いて行き、鼻血が出そうになるのを堪えて、「 いらっしゃいませ、こんばんわ。」ってご挨拶を。お客様方は、「 こんばんわ。」って言って下さったのですが、お席にいた数名のホステスさんに、「 こんばんわは言わなくていいの。いらっしゃいませでいいのよ。」って大笑いされてしまいました。私には全く意味が解りませんでした。

 

もう充分過ぎる程お飲みになって、ちゃんと歩けない程になってしまったお客様に、「 もうお水にしましょうね。」って言って後でお姐さんに注意された事もありました。「 飲むなって言うのは変よ。お酒を売ってるんだからね。」って。

 

確かに私はホステスでお店はお酒を売ってるけれど、それだけじゃないといつも思っていました。壊して良いルールは壊せば良いし、変だな?って思える感覚を持ち続けたい。そんな私でいたいとずっと思っていました。変だと感じる度に、私はしっかりお客様の方を向いていようと心に誓ったものです。

 

先日、女の子がお客様に、「 こんばんわ。」ってご挨拶を。私は遠い昔を思い出して、彼女の真っ直ぐな目を見て声を出さずに少し笑って・・・

 

何も間違っていないよ、大丈夫よって。