ブログ

ママとマスターのぽわぽわ銀トリ日記♪

暑い時期はお休みしていたお店のおつまみの生チョコ作りを2週間前に再開。昨年あんなに何度も作ったのに一年経つとすっかり忘れてしまっていて、また1から出直しです。スーパーに行って大量のチョコと生クリーム、果実やお抹茶、ココアやシナモンを買い込み5種類、合計100個の生チョコを作りました。そして昨日はその第2弾。またまたチョコの爆買いに出掛け、合計70個作りました。

 

 

売ろうかしら。爆

 

 

 そんな私の隣で娘がお客様方にお菓子を作っています。今年は手作りクッキーを焼いて皆様にお配りするのだそうです。いつになく真剣な表情をして、生地を丸めたり伸ばしたり丸めたり伸ばしたりしています。笑

 

 

「  ママの生チョコの味は最高なんだけど形が悪いからね。形が良ければ最高なんだけどね。もっと丸く出来たら良いのにね。そこを研究した方がいいと思うよぅ〜。」っていつも娘は私に言います。それって最高じゃないって事だよね?って言いたいところを私はいつも我慢しています。だから今日は娘が手伝ってって頼んできても絶対に手伝ってやる気はありません。3種類のクッキーを作るそうで、そのうちの1つがポッキーだと言っていました。ポッキーにはチョコがついています。お菓子作りの何が難しいって、チョコレートの扱いだと私は思うんですよね。

 

 

娘は1番簡単なクッキーから作り始めました。それは信じられないくらいあっという間に出来上がりました。試食しています。美味しいみたいです。そしてポッキーに取り掛かったようです。「  お料理は爆発だ!」と縁起でもないことを口走りながら生地を薄く長く伸ばしています。私が知ってるポッキーは丸くて細長い棒状の少し硬めのクッキーにチョコレートがついています。が、娘はナイフで細く切って焼きました。

 

 

丸めんのか〜い。

 

 

焼きあがったようです。また試食しています。チョコを溶かしています。四角くて長いポッキーを5センチ程にカットしてしまいました。(?)チョコを塗り始めました。「  これ難しいな・・・」と呟きました。乾かしています。なかなか乾かないと言っています。「  ココアパウダーある?」って聞いてきました。ココアパウダーをもっとくれと言ってきました。5センチのポッキーを1つ摘んで高く持ち上げ眺めています。あ、また試食した。

 

 

 

・・・かりんとう?

 

 

 

「  味は美味しいわ。」って言いました。

 

 

 

形は良いのね。爆

 

 

 

娘作、タイトルは、『   冬の口どけ  』だそうです。頑張って作っていました。是非、お召し上がりになってみて下さいませ。

 

 

 

 

 

 


 

 

ほんの2、3ヶ月前にクリスマスケーキを食べた気がするのですが、早いものでもう年の瀬ですね。やはり12月、日に日に寒さが厳しくなり冬らしくなって参りました。皆様、いかがお過ごしでしょうか。風邪などおひきになりませんよう、どうぞ温かくしてお過ごし下さいませ。

 

 

12月1日、銀座のトリルは開店9年目を迎えました。8年もの間お店を維持出来たのは、偏にお客様のお陰と感謝しています。お忙しい中いつも足をお運び下さいましてありがとうございます。今後も皆様に来て良かったと喜んで頂けるよう、スタッフ一同尚一層努力して参りますので、どうぞ末永くお付き合い下さいますようよろしくお願い致します。

 

 


昔から私はお誕生日会や周年記念など大袈裟な行事が苦手で、今年も例年通り、どなたにも話さずいつも通りの営業をしていました。経営者になり周年の数が増える度、喜びや安堵は少しずつどこかに消え代わりに危機感が増していきます。8年経って、私も経営者の端くれになってきたということでしょうか。開店当初もプレッシャーで身体が押し潰されそうでしたが、今から思えばあの頃はまだまだ脳天気な私でした。開店して1年が経った夜、ホッとして嬉しくてよく眠れたことを覚えています。

 

 

偶然ですが11月30日から12月1日へと日付が変わる瞬間に、私はカウンターの裏にある時計を見にお客様のお席を一瞬離れました。9年目を確認して後ろを振り返ると、お客様のカラオケパフォーマンスに店内は爆笑の渦でした。娘も声を出して笑っていました。マスターも下げたグラスを洗いながら、やっぱり笑っていました。もしこんな夜に来客もなく、1人でお店の隅に座っていたならどれ程辛かっただろうかと。皆様の笑い声が有り難くて有り難くて・・・。

 

 

あるお客様が、「   良く頑張ってきたねぇ。トリルが出来た時に生まれた子供は小学3年生なんだね〜。あと3年で中学生だね。ママ、頑張って。」と言って下さいました。その瞬間にお店を持つまでの苦労や、開店してからの8年間の思い出が蘇り涙が溢れそうになりました。

 

 

私はやっと小学3年生です。もう3年したら中学生になります。私は高校にも、出来れば大学にも行きたいです。私はそうして成人し、色んな苦労を乗り越えて立派な大人になりたいと願っています。いつも支えて下さる皆様への感謝の気持ちを忘れずに、危機感を持って一歩ずつ前へ前へと進みたいと、そう願っています。

 

 

ありがとうございました。そしてこれからもどうぞよろしく。  

母に長い手紙を書きました。

 

 

昔から何かというと母は直ぐに手紙を書く人で、大学で自宅を離れた私の元にも何度も便りが届いたものでした。当時の私の頭の中は新しい生活への期待しかなく、母からのそれはかなり面倒くさいものだったけれど。

 

 

最近になり母が時々私を忘れ、どこかの親切な人だとしか思わなくなった今になって、私は無性に母に手紙が書きたくなったのです。今更、何を書いて教えようというのか。それこそ今更・・・なのですが。

 

 

母は、「 手紙?私に?今読んで良いの?」って10代の女の子みたいに喜んで、嬉しそうに声に出して読み始めました。私の書いた手紙は手紙というよりまるで母の説明文で、母は途中で何度も、「 どうしてこんなこと知ってるの?」と聞いてきました。母が父の事業を手伝って一生懸命働いていた件になると、「 そうだった。あの時は大変だった。楽しかったけどね。」と言って笑いました。最後まで読み終わると、「 ちょっともう1回読んでみようかな。いい?」って、結局母は3回も読み返して、やっぱり、

 

 

「 あの時は大変だった。楽しかったけど。」

 

 

ってまた同じところで笑って。

 

 

翌日、母がお世話になっている施設を訪ねてみました。陰からそっと母を見たら、ミッソーニの服のおばあちゃまと何かの話で盛り上がってる。「 そんなことしたら蹴っ飛ばされるわよ。」なんて大笑いしてる。

 

 

母の部屋を覗いたら、昨日の私の手紙が封筒に入ってテーブルの上にポツリ。昨日、私がそこに置いた、そのままに。

 

 

母は今を生きてるんだ。小さな子供のように。

 

 

「 人の心配ばっかりしてないで、あなたも一生懸命やりなさいよ。」って言われた気がした。少し寂しくて、涙が出そうになった。置いていかれたようで、涙が・・・

 

 

台風21号が西で猛威を振るったと思ったら今度は北海道の地震。息つく暇もなく大きな災害が次々と日本を襲っています。予期できない事って恐ろしいですね。被害に遭われた方々に1日も早く心の安定が戻りますように、お亡くなりになられた方、ご家族の方々に心よりお悔やみを申し上げます。

 

先週から私は空いた時間を割いて母の持ち物の整理をしています。まさかこんなに母親の物を触ることになるなんて、母の名前を書き肌着の1枚1枚に縫い付けることになるなんて、数年前の私は思ってもみませんでした。母はいつまでも元気で、私の助けなど必要ないと思っていました。お恥ずかしい話ですが私は、母の姓名は本当は難しい方の字だった事をほんの数年前に知った情けない娘です。

 

少し前に真矢みきさんが痴呆症のお母様の事を書いておられました。お母様が真矢みきさんを娘だと分からなくなってしまったと・・・。短い文章でしたが思いが手に取るようで涙が出ました。私も段々物を忘れていく母に、「 全部忘れて良いよ。大丈夫だから。だけどどんな事があっても私だけは忘れないように。」と声を掛けてきました。その度に母はホッとした顔をして嬉しそうに、「 そう?忘れても大丈夫?あなたは私の娘!それは絶対に忘れません。」って。でもそれほど遠くないいつか、きっと母は私も忘れるのだろうと思っていました。

 

数週間前、母を訪ねて玄関を開けた私を見て母は、“ この人は良く知っている人だけど誰だったかな。” という顔をしました。結局、その日母は最後まで1度も私の名前を口にしませんでした。私も、「 私が誰だかわかってる?分からなくなった?」とは聞けませんでした。あまりに突然で、ついにきてしまった現実を受け入れる勇気がありませんでした。母に忘れられる悲しみは、どんな言葉に置き換えることも出来ません。

 

3日前娘に手伝ってもらい、母が1人ではもう着られなくなった洋服の整理をしました。ボタンが沢山付いているスーツを着ていた頃、母はまだスーパーに買い物に行っていました。ファスナーの細身のパンツは、遠くまで1人で散歩に出掛けていた頃の物。フォックで留めるカーディガンは我が家にフラッと遊びに来ていた頃の物。それらを1枚ずつ手にとって、「 もうおばあちゃん着ないよね。」って捨てて。残った物はどこも締め付けないシンプルな物ばかり。

 

まるで今の母のよう。

 

私はやっと吹っ切れて。

 

私なんか忘れて良いよ。そんな大事な事じゃないから。忘れられたって何も変わらない。それよりしっかり最後まで頑張って。痛いところがないと良いね。知らないうちに逝けたら良いね。

 

それだけを願ってるよ。

こんなに台風にビクビクしていた年があったでしょうか。台風13号以降「非常に強い」勢力で日本へ上陸した例はありません。もし21号が非常に強い勢力で日本に上陸すると、25年ぶりとなります。早めに暴風雨への対策を行ってください。 だそうです。どうか何事も起きませんように、起きても大事に至りませんように。

 

最強といえば・・・ここ最近私が見る夢は毎日、些細なことでカンカンになって怒鳴り散らしているものばかりです。不景気続きで暇過ぎて、いつも笑顔の塩らしい良い人間のフリをしている反動でしょうか。笑

 

3日前に見た夢は最強中の最強でした。我が家は何故かお手伝いさんをお願いすることになりました。夢だからね。どんな方が来て下さるのかとワクワク待っていたら、現れたのはNASAに保管してある宇宙人がカツラを被っているような女性でした。ま、それは外見だから仕方ない。でもやってる事をチラチラ見ていたら、まぁ〜雑で凄いの。何でもかんでもクルクル丸く拭くだけ、パッパッパッのサッサッサッ〜。流石に我慢できなくなった私。「  角はどうしたのよっ!!」「  宇宙じゃないんだから。この世の中には四角いものもあるの!四角いものって、角の隅っこの方が大事なのよっ!!」

 

って訳がわからない。笑

 

今朝見た夢も私は怒っていました。相手はどうやら三越の偉い人みたいでした。初めは店員さんだったけど、やり手でどんどん偉くなってったオバちゃんでした。私がお客様へのプレゼントでこっちの靴下とこっちの靴下どちらにしようか迷っていると、そのオバちゃんはツカツカとやってきました。そして私の手からパッと靴下を取り上げ、まるでペットの背を触るように何度も何度も撫でながら、「 どんだけ迷うの?私なら絶対この子ですけど。あなたのお客様には絶対この子、こっちのこの子は似合わないと思うわ。この子よこの子。この子に決めな!」って。こっ、この子?

 

靴下だけど?

 

「  決めな!って。お客様に対してそれはおっかしいでしょ?然もさ、なんでそんなに撫で回してるの?それそのまま包むんじゃないんでしょうね?私が買ってプレゼントするのに、何であなたが念込めてるわけ?気持ちわるっ!やめてもらっていいですか。」

 

しょーもな。爆

 

怒りは頂点に達し落とし所がないまま目覚めるせいか、もう何日も寝起きは最悪。こんな夢ばかり見ている私はきっと心が病んでるんだと気になって、早く心療内科を受診した方が良いかもと思い始めていました。だけど・・・真面目なお医者様に宇宙人や靴下の話を聞いてもらうのも恥ずかしいし。で、受診の前に調べてみました、夢占い。

 

あなたが怒る夢は、現実で抑えつけている感情が夢の中で発散され、心のわだかまりが解消されていくことをあらわします。気分も明るく、ポジティブな感情を取り戻し、運勢が少しずつ好転するでしょう。怒る行為はエネルギーがある証拠なので、前向きなパワーに変えて突き進んで。

 

あらま!怒っていいみたい。夢の中なら怒っていいみたい。何言ったっていいみたい。うひょ〜。

 

・・・宇宙人のくせに。笑