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ママとマスターのぽわぽわ銀トリ日記♪

新年明けましておめでとうございます。
良いお天気に恵まれたお正月でした。
今年もどうぞよろしくお願い致します。

 

我が家のお正月といえば、元旦の朝に両親がやって来て夜までガヤガヤ賑やかに過ごし帰って行ったら、その夜から映画三昧。
愛犬チェルまで巻き込んで昼夜逆転、それが毎年の恒例でしたが今年は違いました。
秋に結婚が決まった姪が大晦日からやって来たのです。
4年前に亡くなった姉の下の子供です。

 

姪が来たからと言ったって姪なので・・・笑
いつも通り気楽に過ごせば良いと考えていたのですが、それがそうもいきませんでした。
どれだけ溜め込んでいたんだろうかと思う程、姪は心に誰にも言えない孤独感と鬱憤を溜めていました。
今まで何度か遊びにも来てお買い物に行ったりお喋りはしたりしていたのですが、お正月でいつもよりゆっくりしている私達を見たら一気にその秘めた思いが噴き出したのか・・・
それともお嫁に行くという事はそれ程特別な事なのか・・・
娘にとって母親って大きな存在なんですね。
姪は勤務先の京都に帰る直前まで、“ まだあるの?” って呆れるくらい喋り続けました。

 

「 オバちゃん、絶対に死なないで。」
「 私、もう大切な人を失いたくないのよ。」
「 オバちゃん、元気で長生きして。私をずっと見ててね。」って姪は何度も泣きながら私に。

 

「 本当に?ずっと生きてていいの?」

 

「 え?ずっとって?」

 

「 本当にずっと見てていいの?」

 

「 見るって何を?」

 

「 後で絶対にもういいよって言わないでね。ずっと生きて見てるから。」

 

「 えぇぇぇっ!それ、こわぁ〜い。」

 

お母さんにはなれないけど、良いオバちゃんにはなれるかもね。
一生懸命、頑張ってみるわ。
オバちゃんは最後まで頑張る義務がある。

あなたには幸せになる義務がある。

昔むかし。
それはまだ私が、ネームバリューだけでメイク用品を購入出来ていた頃の事。
やっと保育園に行き始めた娘が、その小さな手の中に持てるだけの私のメイク用品を抱えて傍にやって来て、「 クルクルしてあげるからね。」って。
どこで覚えたのか娘は私に仰向けになる様に指示して、当時はロングだった私の髪をゴムで結びその上からタオルを巻いた。
頭の上でカチャカチャ言わせながら何度も何度も瓶を並べ替え、最後に丁寧に横一列にして、

 

「 寝てもいいよ。」

 

それから1つずつキャップを外し手の平に少量垂らしては、仰向けになった私の顔に塗っていく。
香りで順番の違いに気付くけど私は黙って目を閉じたまま。
教える気なんてなかった。
何の知識もないはずの娘なのに、
まだ園児なのにその指は不思議な力を持っていて、“ この子はきっと将来、美容関係に進むんだろう。” 私はいつもそう思った。
そしてそう思いながら深い眠りに落ちた。

 

「 四年制には進学しない。短大でいい。でもそのあと2年間、美容の専門に行かせて欲しい。」
娘がそう言った時、私は、“ やっぱり ” って。

 

この歳になると殆どの場合、自力での肌の活性や再生は難しい。
ボはボだし、ボロはボロ、ボロボロはボロボロ。
よく歳の割には綺麗な肌のオバさんが、「 この歳になっても何もしていないのよ。」なんて堂々と言ってるけどそれって珍しい事で、何もしなかったらカラッカラのボロッボロになると私は思う。
何もしていないっていうのは高価な美容液やエステには通っていないけどって、多分そういう意味なんじゃないのかなって思う。

 

米ぬか。爆

 

で、週末近くにはボロッボロ状態の私、日曜日の夜は自宅で娘の魔法の指の助けを借りる。
最近、業務用の施術ベッドも購入した。
リビングの中央に設置、何とかならないものかと必死なのだけど。
ほんの少し前までは例えボロボロになってもボくらいまで再生してたと思うのよねぇ〜。
娘が頑張ってくれたら、ほぼほぼ復元してたと思うのよぉ〜。
なのに・・・
どうしてなの・・・
最近は・・・ボロボロがボロボ。
ボロボがボロ。
ボロはボ。

 

やぁ〜ん。笑

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父が入院をしてから、1人で暮らす母が毎週末やって来るようになった。
最近はすっかり物忘れがひどくなり、一緒にいる数時間に同じ質問を何度も繰り返す。誰よりしっかり者の母だっただけに、最初はショックを受けた私だった。何とか少しでも元の母に戻って欲しいと願った。だけど今は・・・諦めた。それならばもっと点数を貰える認定をと思うけれど、物忘れが激しいだけで他の症状が全くない母は介護1。平日は出来る限りの支援をお願いし週末は我が家に、それが習慣になった。

 

母は娘にネイルとエステをしてもらいながら、「 お父さんを見送るまでは死ねないと思うのよ。」って言った。
「 じゃ頑張らないとね。お父さんは病院にいてとっても落ち着いてるもの。」って私。「 えっ、元気なの?」
「 元気じゃないけど。環境の良い病院にいて見守られてるもの。」「 あらら〜。」「 あらら〜じゃなくて。」笑

 

昨夜はすき焼きをして食べさせた。
「 はい、焼けたわよ。いっぱい食べて。」母のお皿にお肉、きのこ、春菊・・・次々に入れていく。母は、「 あぁ〜、美味しい。皆んなで食べると美味しいわ。」って喜んで。

 

「 お父さん、まだまだ生きる?」

 

「 それはわかんないけど。お母さんも頑張って。」「 はい。」「 ちゃんと出来ることは頑張ってやってね。」「 はい。頑張ります。」「 美味しい?」
「 うん!美味しい!!」「 そう?良かった。で、夜は良く眠れるの?」
「 うん。良く寝るのがお仕事みたいなものだもん。」って笑って、「 お父さんさえ見送ったら、私はいつでもいいんだけどね。」「 じゃ、お母さんも頑張らないとね。」「 はいっ!私は幸せな人生だった。良い人生だった。」「 だったって、まだ生きてるけどね。」
「 あはは。・・・お父さん、長生きなの?」

 

それからおミカンを。丁寧に剥いて母と娘に交互に手渡し食べさせた。私は困った事があったらすぐに私に電話をする様に言って聞かせた。それから、「 あなたの子供は何人ですか?」って聞いてみた。母は嬉しそうに真っ直ぐ私を指差して、

 

「 こ・の・・子。1人だけ。」って。

 

「 正解!私の顔だけは、何があっても忘れないでね。」「 忘れないよ〜。」
「 本当に〜?本当に忘れないで。」「 はいっ!幸せだったもん。ありがとね。」「 だったって、まだ生きてるけどね。」

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随分陽が短くなり冷え込む日が多くなって参りました。店頭にお年始の品物が並んでいて、1年の時の速さに驚かされます。皆さま、お変わりなくお過ごしでしょうか。どうぞ体調管理にお気をつけて下さいませ。

 

そういう私ですが・・・先週ついに店舗近くの内科を探して、縋るような思いで飛び込みました。痛みに強く我慢強い方だと思うのですが、“ いつもと違う。” “ どこか解らないけれどどこかが悪い。” ような気がして。

 

名前を呼ばれて診察室に。初老の白髪の先生の前に座ると先生は私をチラリ見て、先に書いた問診票に目を落とし、「 それで?今日はどうしたのかな?」って。私はどういう訳かどこかが悪くて、急に激しく痛くなりそうな予感がして来たのだと説明しました。
先生は一瞬キョトンとして、それから少し笑って、「 そういう人ばかりだと良いんだけどね。」「 でもね先生、どこって言えないんですよ。っていうか痛い所だらけで。」「 1番具合が良くないのは?今年は検診は受けましたか?」「 1番痛いのは胃かな。何かって言うと胃が痛くなって。」「 検診は?」「 受けていないです。」「 タバコ、吸うんだね。」

 

「 はぃ、すいません。」

 

で、取り敢えず腫瘍マーカーをして頂く事になり採血。で、取り敢えず胃薬を出して貰ってパクッ。

 

数日後にマーカーの結果を聞きに。
先生は数値の正常な所から結果発表していき、「 心配なのは胃と・・・肺だね。」「 凄く悪いんですか?」「 凄くって程でもないが。もっと詳しい検査を受けた方が良さそうだね。」「 そんなに悪いんですか。」「 それを検査するんだよ。何もなければ安心でしょ。」「 うぇ〜ん。何かあったら最悪ぅ〜。」先生はもう私を見ずに、「 胃はどうなの?まだ痛い?」「 いえ、全然。」「 効いたんだね。じゃもう少し続けるかな。食欲ないって言ってたけどどう?」「 全然。とってもお腹がすいて一杯美味しく食べられます。」「 熱っぽい感じはない?」「 全然ないです。どこも痛くないです。」「 そう。ここじゃ検査は出来ないからね。クリスタルビルわかるかい?そこに予約するから胸部のCTを受けるように。」

 

えぇ〜、キョウブ〜!!笑