銀トリ日記

桃の節句が過ぎてやっと春らしくなったと思ったのに、冬の寒さに戻ってしまいました。気まぐれなお天気は来週は5月並みの暖かさとか、身体を合わせるのが大変です。皆様、お変わりございませんか。

 

2週間前に患った左足の神経痛がやっと楽になってきたと喜んでいた私でした。ところが昨夜、駐車場から自宅に帰る途中の階段で転んでしまいました。今度は右足です。泣

 

1階と2階を繋ぐ螺旋階段がとても危険な事は知っていました。見た目が素敵なので、エレベーターを使わずに何度か降りてみた事があったのですが、「  この階段で転んじゃう人、多いと思うよ。微妙な段差だわ。黒の大理石でツルツルしてて滑るし、然も滑り止めが付いていないしさ。お年寄りとか絶対に危険だよね。夜中は特に危険。」って言ってた私だったのに・・・私が気がついたのに。

 

ドサッ!

 

両手にそれはそれは重い荷物を持っていて、全く機能しませんでした。大量のお薬と使いもしないカード類、白粉だらけの黒いドレスと小刻みにしか息ができないパンパンのボディスーツ、賞味期限間近のおつまみ等など。

 

しょーもない。

 

そんな事があった前日のこと。私は1人でお店に残っていました。午前3時、気分転換を兼ねて歩いてコンビニにコーヒーを買いに出掛けました。冷たい雨が降っていて、数寄屋通りに人影はありませんでした。その帰り道・・・私は気味の悪いおじさんにピタッと付きまとわれていることに気づきました。夜の銀座は知り過ぎるほど知っている私ですが、その体験は初めてでした。何を求めているのか理解できない、知らない異性ほど怖いものはありません。最後は猛ダッシュでまいて階段を駆け下り、お店に舞い戻ったのですが、恐怖と動悸で暫く動けませんでした。

 

その話を聞いたマスターが、「  階段で滑り落ちなくて良かったです。」って。

 

落ちたわ、昨日。

 

預言者か。

 

 

 

私が定期的に行う、1年で1番悲しい行事があります。それはご来店頂けなくなったお客様を電話帳から削除する作業です。

 

私は2週間に1度のペースでお客様方に、“  ここに居ます、私を思い出して下さいませ。どうかこのご縁が繋がりますように。”  と願いを込めてお天気メールを送っています。ですが残念ながらご縁というものはお互いに紡いでいくからこそ繋がるもの。無理なものはどうしたって無理で、1年間に24通もの一方的な私の願いは迷惑でしかありません。だからついあれこれと理由をつけては期待してしまう自分にけじめを付ける為、私は定期的にその作業を行っているのです。そうはいっても決断までに何日も迷い続けてしまいます。最後は震える指で削除を押すのですが、何度繰り返しても慣れることはありませんでした。言葉になんて出来ませんでした。それどころか歳を重ねる度に悲しみは増していくばかり、でした。

 

2週間ほど前から体調を崩してしまった私は、休日の殆どをベッドの上で過ごしています。兎に角しっかり眠り安静を保つ事が回復への近道だと信じて。そんな時、面白いブログに出会いました。それは夫の浮気に悩む40代前半の女性のものです。ご主人の心はもう自分にないと知りながら何とか取り戻したくてなりふり構わず必死・・・という内容です。背中が、

 

ぞぞ〜ん。笑

 

初めは健気だった彼女も今では憎悪で鬼と化し、事態は最悪で最最悪な方向に。何をどうしたいのか、自分でも訳が分からなくなっている感じ。殺しちゃうんじゃないの〜?あわわあわわ

 

も〜、やめてあげて。笑

 

でもね。なぁ〜んかさ、いつもは躊躇う私だけど。寂しくて泣けてきたりもする可愛い私だけど。今回ばかりは彼女のお陰。・・・電話帳から削除しますか?はいっ!

 

バシッ!!爆

 

 

 

お天気予報通り、3月は春の嵐でスタートしました。弥生の異名はあまたあるそうで花月、桃月、桜月、陽春、嘉月、花見月、夢見月など、柔らかく優しそうな名ばかりです。いよいよ待ちに待った春ですね。皆様、お元気でお過ごしでしょうか。

 

ところで実は私、先月また1つ大きくなってしまいました。

 

がーん。(;_;)

 

電車が自宅の最寄駅に着くと皆んなが見ているようで、降りるのが恥ずかしかったあの頃がつい10年ほど前のようです。娘の入学式に和服で行ったら、まるで極妻のようだと言われたあの日もつい5年ほど前のようです。まだまだ若いつもりでいたのに、実際は・・・

 

大昔。笑

 

もう人様にお祝いして頂く歳はとっくの遠に過ぎた私です。それなのに今年もその日をちゃんと覚えていて下さり、たくさんの皆様がお祝いをして下さいました。おめでとうのメッセージもたくさん届けて下さいました。申し訳なくてお詫びしたいくらいでした。ごめんなさい、そしてありがとうございました。

 

甘えてはいけない、時に情けはないと中島みゆきさんが歌っています。私もそう思います!年々時間が早く過ぎていく気がする私だから尚更、その時その瞬間を大切に過ごしていかなければいけないと思います。いつまでも若く色っぽく健康でいるように。笑顔を絶やさないように。いつも感謝の気持ちを忘れずに。謙虚で大らかで思いやりに溢れた優しい人でいるように。どんなにムカついても怒らず。何があってもムカつかず。ムカついても顔に出さず。ムカつかず。

 

この気持ちをずっと忘れずに。少しでも長く忘れずに・・・せめて1ヶ月は忘れずに。

 

1ヶ月=2日ほど

 

楽勝。( 爆 ) 

 

 

最近、もし私が男性だったら、どんなママのお店に飲みに行きたいかよく考える。

 

金曜日、もうそろそろ閉店時間を迎えるという頃になって、私は突然左腿に激しい痛みを感じた。ソファーから立ち上がろうとして気がついた。頑張って立ち上がり右足を出した。そして左足をそ〜ろり。

 

イタタタタ。

 

時間と共に益々痛みは激しくなり、膝や足首まで範囲を広げていった。帰宅した時には痺れて腫れ上がり、もう真っ直ぐには歩けなくなっていた。熱も出てきて背中がとても寒かった。私はブルブル震えながら何とか着替え、市販の鎮痛剤と風邪薬を一気に飲みベッドに向かった。

 

時間をかけてベッドまで歩き、端に腰掛けて深呼吸した。寝転んで右足をベッドに。でも左足が1センチも上がらない。起きたり寝転んだり、起きたり寝転んだりして何度もチャレンジした。起きて今までどうやって寝転んでいたのか、よ〜く考えてみたりもした。ジャンプして一気に寝転ぼうかとも考えた。最後はどうせ痛いのだから一思いにと。

 

うおっ!

 

気絶した。寒気と痛みで目が覚めたのはお昼過ぎだった。必死で起き上がりベッドを降りて身支度を整えた。近くの内科が土曜は1時までやってるはず。痛みを堪え時間を掛けて歩いて行った。間に合わなかった。

 

そういえば2軒隣に以前坐骨神経痛でお世話になった整体院がある事を思い出した。私はまた必死で歩いた。ギリ間に合った。

 

昨夜急に左の腿が痛くなって熱が出て、そのうち膝や足首まで痛くなってもっと熱が出て、今じゃ真っ直ぐに歩けなくなったって、若いお兄ちゃん先生に聞いてもらった。先生は、「  痛そうですね。」って言って、「  ちょっと診させてもらいますね。じゃ診察台に横になって下さい。」って、

 

それはどーかなぁ。笑

 

病名は、『  外側大腿骨神経痛  』だった。中年の女性に多い病気で、1年とか1年半とか完治までにかかるらしい。「 腿の外側に通っている神経なので真っ直ぐに歩こうとすると張って痛いですよね。ガニ股で歩くと皆さん楽だって仰いますよ。」って、

 

チンピラ?

 

もうすぐ季節は弥生。マンションの庭の梅の花が満開になりました。草木に柔らかく降りそそぐ春の雨を甘雨(かんう)と呼ぶのだそうです。日本語って本当に素晴らしいですね。日本にはいく通りの雨があるのでしょうか。全部覚えたくなりました。

 

そんな良い時期がやっと来たというのに私ときたら、とっても悪性の睡眠障害を患ってしまいました。病院には行っていないので、勝手に病名をつけました。別名は気絶病です。笑

 

こういうお仕事をしていると、夜寝て朝起きる一般的な規則正しい生活は出来ません。頑張ってそう出来たとしてもせいぜい半年で、その後は歩幅と視点の定まらない危ない人になってしまいます。有難い事に私は自由気ままな生活で、夜明け前にベッドに入りお昼過ぎに起きるというある意味規則正しい生活を長いこと続けてきました。ところがどこでどう狂ってしまったのか最近はお日様が昇っても、サラリーマンが出勤しても、最悪は全く眠らずに接客したりしています。

 

ギンギラギ〜ン

 

それでも私は人間はいつかは眠るもので、それも眠っていない分だけ死ぬほど眠る時が必ずくると知っているので、映画やコントを見たりブログを読んで楽しく過ごしています。狭い世界に住む私にとってそれは結構良いお勉強になっていて、最近ではお客様との会話でナイスなボケが出来る様になりました。

 

グッジョブ!

 

だけど1つ問題が。。先週あたりから何度かまさかの 接客中に恐ろしい程の睡魔が襲ってきて、泡吹いてガクンと落ちそうになりました。

 

ギャハハ

 

それはママとして如何なものかと思いお薬以外に何かないかと調べたら、アイマスクと耳栓がかなり効果があるという事がわかりました。ただし!良い耳栓は全く何も聞こえないそうです。アラームが鳴っても知らん顔です。なのでもし私がお店で、アイマスクと耳栓をして、スマホを咥えて寝ていたら・・・

 

叩き起こしてもらっていいかしら〜?